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いにしえの記憶第2章(その9) [いにしえの記憶]

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過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

いにしえのブラウン管を彩った女優についての記憶。その第5弾です。

私が都立高校1年生だった1972年、明治5年の鉄道開業から100年の節目の年でした。

鉄道100年の記念事業として有名なものは、何といっても国鉄による「梅小路蒸気機関車館」の開館です。そして、記念事業の1つに、国鉄が制作に全面協力ということで大きな話題となったTVドラマ「鉄道100年 大いなる旅路」の放映がありました。オムニバス形式で1時間枠2回で1エピソードという構成、チャンネルは日本テレビでした。

無論、鉄道ファンだった私は、このドラマに大きな関心を持ったのでしたが、現代ドラマや海外ドラマ好きだった私にとって、あまり面白さが感じられず、たまに暇つぶしでチャンネルを合わせた程度でした。

ドラマ中で、ハチロク(8620)のナンバープレートを付けたC56が走ったり、戦前の時代設定なのにD51にシールドビームの補助灯が付いていたり、C62のナンバープレートを付けたD51が「はと」のヘッドマークを付けて走ったり、「鉄道ファンを馬鹿にしている!」と、ちょっと憤慨したものです(当時はガキで若かったです)。

ただし、小椋佳さんによる主題曲は美しく、とても癒される唄声で、当時はマスコミに一切、顔を見せなかった、小椋佳さんはどんなアーティストなのだろうと、大いに興味をもったのを憶えています。

初回放映の翌年、1973年に平日の夕方に再放送され、高校の授業を終えて帰宅した後、チャンネルを合わせることはありましたが、やはり根を詰めてこのドラマを観る気は起きませんでした。

しかし、当時、ブラウン管を食い入る様に観て、42年経った今でも鮮明に憶えていて、強烈な印象が残っているエピソードが1つだけあります。

東北地方を舞台に、貧しい小作の娘(武原英子さん)と機関士を目指す青年(森次浩司さん:ウルトラセブンのモロボシ・ダン)の悲恋のエビソードです。

娘は都会の工場で女工として働いていたのですが、工場が潰れて故郷の実家に戻ってきます。しかし、何人もの幼い弟妹、薬代のかさむ病床の母と小作の家の家庭環境は、とても厳しいものでした。食い扶持が増えることを意味する娘の帰郷を、父親は快く思いません。

一方で、故郷に戻った娘に再会した青年は、娘に対する長年の想いを告白して、自分が機関士になったら一緒になろう、それまで必ず待っていてくれとプロポーズ、娘も、とても嬉しい、一緒になりたいと青年に想いを返します。

しかし、案の定というか、母親の薬代、家族の生活のため、父親は娘を遊郭に売る契約書に判を押し、娘は遊女となるために列車で故郷を後にします。娘の乗った列車の機関助士は青年でした。

青年は必死に貯金をして、娘の居所を捜し出して、娘を身請けしようとしますが、既に娘の借金は雪だるま的に増えていて、準備した金では身請けできません。そして、二人は足抜けを試みて逃げ通して、一旦、二人は幸せを掴みかけたかにみえます。
・・・が、青年の思い通りにはならず、ドラマはとても悲しい結末を迎えます。高校生2年生だった私は、このドラマを観終わったときに、このドラマのようなことが現実に存在すれば、人生は余りにも不条理、こんなことがあってたまるか!と思ったものです。

武原英子さんは迫真の演技で、純情な田舎娘、艶やかさの内に深い哀しみを秘めた遊女、そして胸を患って命の灯が尽きようとする遊女を鮮やかに演じています。
どの役柄の武原英子さんも、とてもお美しく、私より10歳年上ですが、こんな女性と知りあってみたい思ったものでした。

このドラマを観た私の脳裏に鮮烈、強烈な記憶を残したシーンが2つありました。
1つは、ドラマのラスト間近、偶然、青年と再会した遊郭の部屋で、立派な機関士になった青年に「毎晩、何人もの男に抱かれて、何も感じなくなった」と武原英子さんが捨て台詞を吐くシーン。
もう1つは、226事件勃発で機関区から緊急招集が掛かって、偶然再会した遊郭から、足早に去っていく青年を追い、小雪舞う夜の雪道を赤い襦袢をまとった武原英子さんが裸足で駆けるシーン。
この2つのシーンは、それから42年、このドラマの中の武原英子さんの美しさとともに、事あるごとに思い出します。

武原英子さんは多くの時代劇ドラマ、現代ドラマに出演されていましたが、大いなる旅路のこのエピソード以外では、殆ど私の琴線に触れることはなく、それらの記憶は残っていません。
武原英子さんは、1980年、にしきのあきらさんと結婚されましたが、残念ながら1996年に50歳の若さで他界されました。

大いなる旅路の武原英子さん、これからも私の記憶のなかで、鮮やかに輝き続けてくれると思います。


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コメント 6

takenoko

私はそのドラマは知りませんが、さわやかなフェースのきれいな女優でしたね。
by takenoko (2015-11-08 08:31) 

芝浦鉄親父

takenokoさま、おはようございます。
とっても、さわやかな印象の女優さんでした。
清純派の彼女が遊女を演じたことで、私の脳裏に鮮明に焼き付いたのかも知れません。

by 芝浦鉄親父 (2015-11-08 09:03) 

ojioji

武原英子さん、覚えています。
目、歯や口元の愛らしい、子供心にも気持ちの良い女優さんでした。
ドラマの内容、読ませていただいて見てみたくなりました。
梅小路蒸気機関車館、京都に昨春まで40年近く住んでいたのに、訪れずじまいでした。来年、リニューアルするそうですね。
by ojioji (2015-11-08 15:34) 

芝浦鉄親父

ojiojiさま、こんにちは。
確かに大きな瞳、白い歯の除く口元の愛らしさが、とても魅力的な、きれいな女優さんでした。
私が最後に梅小路蒸気機関車館を訪れたのは、今年の7月下旬でしたが、このドラマを含め、1972年、鉄道100年の年の出来事が脳裏に浮かびました。
京都鉄道博物館にリニューアルされたら、また訪れたいです。
by 芝浦鉄親父 (2015-11-08 16:31) 

skekhtehuacso

あたしゃ武原英子といえば、太陽にほえろ!でのゴリさんの恋人役を思い出します。
by skekhtehuacso (2015-11-08 20:54) 

芝浦鉄親父

skekhtehuacsoさま、こんばんは。
太陽にほえろ!、両親もファンで家族で欠かさに観ていました。おっしゃる通り、ゴリさんの恋人役で出演していましたね。でも、あまり記憶に残っていません。
太陽にほえろ!の記憶は、やはり、若手刑事の殉職シーンですね。
by 芝浦鉄親父 (2015-11-08 21:04) 

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